教育文化・芸術
📜 江戸時代へタイムスリップ!将軍と目黒の鷹狩り
将軍が愛した目黒の空、その歴史を紐解きます。江戸時代の目黒一帯は、徳川将軍家の鷹狩りが行われる場所として知られていました。鷹狩りは腕に乗せた鷹を放ち、野鳥を捕らえる狩猟です。同時に、将軍が領内を見て回り、人々の暮らしや土地の様子を見る政治的な行事でもありました。野鳥が多く自然豊かな目黒は鷹狩りに適し、当時の駒場野や碑文谷原などが主要な鷹場となったのです。三代将軍家光が鷹狩りの際に瀧泉寺(目黒不動尊)へ立ち寄った縁で、焼失した本堂が再建されるなど、地域は幕府の厚い保護を受けました。将軍家との深い関わりの中で発展した鷹狩りは、目黒の歴史を語る上で欠かすことはできません。
瀧泉寺「鷹居(たかすえ)の松」の碑: 家光の愛鷹が行方不明になり、当寺の僧に祈らせたところ、たちまち鷹は境内の松の枝に戻ってきたといわれています。
「江戸名勝図会 駒場野」歌川広重: 歌川広重の描いた浮世絵には、当時の目黒に広がる自然豊かな風景や、鷹狩りの様子が描かれています。
碑文谷公園: 碑文谷公園の弁天池は、江戸時代は現在よりも大きく、野鳥も豊富だったことから、この一帯は将軍の鷹狩りの場所として重宝されていました。
鷹番の地名: 「鷹番」という地名は、鷹狩りを管理・監視した「鷹場番所」が置かれたことが由来とされています。